字にして
ねんざ
かっぱ
も
217
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
傍點を振るようにしてもらわないと、読む者にその色合いが伝わらないだろうな、言葉の一つ
一つに込められた重みが全然違う。説得力とは何を言うかではなく誰が言うかだとは、普通悪
い意味で使われる言葉だが、阿良々木先輩についてそれを言うときに限っては、いい意味で使
えそうだ。安心して欲しい。キャプテンとしての責務を放棄するつもりはない。そんな怠慢な
真似をするほど、私は思い上がってはいないさ。曲がりなりにもエースとしての自覚はある。
みんなにはちゃんと、練習メニューを指示してきた。何、私がいなければいないで、みんな、
のびのびとプラクティスに集中できるものなのだ。鬼のいぬ間に洗濯だな」
「鬼ね……まあ、それを聞いてほっとしたよ」
「スポーツとはいえ、あくまで學生の部活動だ。ましてうちの高校は、進學校。基本的には十
代の楽しい思い出作りなのだから、部活は気さくに気楽に気兼ねなくが一番だ。しかし、本來
無関係な私の人間関係、それにチームメイトのことまで気に掛けてくださるとは、阿良々木先
輩は本當に思いやりのある人だ。細やかな心配り、痛み入る。実に懐が深い、一望千裏な心具
合だぞ。まさかバスケットボール部のためにあえて嫌われ役まで演じてくれるとはな。目下の
者に対して本當に親身であればこその行いだ。私は阿良々木先輩のような人には會ったことが
ないぞ」
「僕もお前みたいな奴には會ったことがねえよ……」
多分、新機軸だよな……。
ここまで天然の褒め殺しキャラ……。
「そうか。阿良々木先輩からそう言っていただけるとは、光栄の至りだ。ふふ、阿良々木先輩
くらい優渥な人から褒められると、自分でも不思議なほどに発奮させられるというのだろう
か、なんだか、本來ないはずの勇気すらわいてくるようだな。今なら私は何でも出來るような
気がするぞ。これからは、何か落ち込むようなことがあったときには阿良々木先輩を訪ねるこ
とにしよう。阿良々木先輩の謦咳に接するだけで、私は何でも頑張れるに違いないのだから
な」
決して微笑みを絶やさない神原だった。
それはほとんど無防備とも取れる笑顔なのだが――しかし、芯のところにしっかりとした強
さを感じさせるところが、決して無防備ではない。自分自身に対して絶対の自信をもっている
からこその、その笑顔なのだろう。
僕とは全く違う世界の人間。
僕とは全く違う種類の人間。
いや、それはそれ自體では、わかりきっていることだし――性格雲々ではなく、スポーツ少
女、學校のスターである神原と、阿良々木暦とが違う世界の人間だということ、違う種類の人
たいまん
せんたく
ふところ
しんきじく
ゆうあく
けいがい
しん
218
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
間だということはわかり過ぎるほどにわかりきっていることだったが、しかし、問題は、その
神原駿河が、どうして僕に聲を掛けてきたのかということだ。
聲を掛けてきただけでなく。
こうして、聲を掛け続けてくるのか――だ。
駆けてきて――駆け続けてくるのか。
神原自身の言葉ではないが、何か落ち込むことがあったから、頑張るために訪ねてきている
――のではないはずだ。僕にそんな、神通力みたいな力はない。あったら自分で惜しみなく
使っている。
三日前から數えると、一體何度目の質問になるのかもうわからなかったが、僕は、神原に質
問した。
「で、神原。今日は何の用なんだ?」
「ああ、そう……」
ここまで常にはきはきと、澱みなく応答してきた神原は、ここで初めて、言葉に迷ったよう
だった。しかしそれも一瞬、すぐに頬に微笑をたたえて、僕に言った。
「……今朝の新聞の國際麵、読んだろう? ロシアのこれからの政治情勢について、阿良々木
先輩の意見を聞きたいんだ」
「時事ネタかよ!」
しかも、よりにもよって何てセンスだ。
日本の政治についてだって、僕はよく知らないというのに、海を渡ってロシアと來たか…
…。
「ああ、インドの話の方が阿良々木先輩好みだったかな? ただ、私は殘念ながらこの通り、
體育會係、アウトドア係の人間なものでな、it関連は弱いのだ。それよりも今はロシアの抱
える問題の方が、私にとっては実際的だ」
「……今朝は新聞、読んでないんだよ」
言った本人ですら誤魔化せるとは思えないほどにあからさまな言い訳の言葉を口にする僕
だった。本當は、読むには読んだけれど、議論できるほどの嗜みがないだけなのだが……。
しかし神原はそれに対し、
「そうか」
と、ゆるやかに眼を細めるのみである。
「阿良々木先輩は多忙だからな、朝に新聞を読む暇がないのというのも無理はない。分も弁え
ずに無神経なことを言ってしまった、申し訳ない。ならば、この話は明日に迴そうと思うのだ
が、阿良々木先輩もそれでいいかな」
よど
ごまか
たしな
わきま
219
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
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試用中
「いいよ……」
「心が広いな。そんな簡単に許してもらえるとは思わなかった。私の淺薄な発言に阿良々木先
輩ほどの人が何も思っていないわけがないのに、そんなことはおくびにも出さず、その鷹揚な
対応。清濁併せ呑む大きな心とはこのことだ。私はまた阿良々木先輩のことが、一つ好きに
なったぞ」
「そうか、ありがとう……」
「禮には及ばない。私の正直な気持ちだ」
「…………」
けれど、こいつ、それなりに頭もいいんだよな。
スポーツができて頭がいいっていうのは、人間的にはかなりの反則だよなあ……羽川だって
戦場ヶ原だって、運動能力が低いというわけではないのだろうが、この後輩を前にしてしまえ
ば、さすがに較べるべくもないだろう。一応、戦場ヶ原は、中學生のとき、陸上部のエース
だったとはいえ、高校生になってからのブランクは大きいだろうし――戦場ヶ原が抱えていた
特殊な事情も、そこに加味すれば尚更だ。
いや、勿論。
僕だってまさか、神原が本當に、僕と、ロシアの政治情勢について議論を戦わせたいのだと
は思ってはいない――明らかに方便だろう。
一體何の用なんだと、僕が何迴訊いても、あくまでもそんな調子で、神原はまともに答えよ
うとしない。
他に何か
目的があるのだとは思う。
しかし、それが見當もつかないのである。
一體こいつはなんで、それもいきなり、こんな風に僕に付きまとうようになったのだろう。
學校のスターの神原と落ちこぼれ三年生の僕との接點なんて、一つもないはずなのに。
縁もゆかりもありはしないはずなのに。
「ところで阿良々木先輩、今日は何か変わったことはなかったか?」
「あん? 別に……普通だけど」
お前のこと以外は。
いや、そろそろお前のことにも慣れてきた。
「実力テストが近いから、それがちょっとした頭痛の種って感じかな……」
「実力テストか。ふむ、それには私も頭を痛めている。テストは、部活をやっているものには
とても迷惑なのだ。一週間前から練習が、學校側から強製的に禁止されてしまうから、自主ト
レに勵むしかなくなるのだ」
おうよう
あわ
なおさら
ほうべん
220
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試
ねんざ
かっぱ
も
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一つに込められた重みが全然違う。説得力とは何を言うかではなく誰が言うかだとは、普通悪
い意味で使われる言葉だが、阿良々木先輩についてそれを言うときに限っては、いい意味で使
えそうだ。安心して欲しい。キャプテンとしての責務を放棄するつもりはない。そんな怠慢な
真似をするほど、私は思い上がってはいないさ。曲がりなりにもエースとしての自覚はある。
みんなにはちゃんと、練習メニューを指示してきた。何、私がいなければいないで、みんな、
のびのびとプラクティスに集中できるものなのだ。鬼のいぬ間に洗濯だな」
「鬼ね……まあ、それを聞いてほっとしたよ」
「スポーツとはいえ、あくまで學生の部活動だ。ましてうちの高校は、進學校。基本的には十
代の楽しい思い出作りなのだから、部活は気さくに気楽に気兼ねなくが一番だ。しかし、本來
無関係な私の人間関係、それにチームメイトのことまで気に掛けてくださるとは、阿良々木先
輩は本當に思いやりのある人だ。細やかな心配り、痛み入る。実に懐が深い、一望千裏な心具
合だぞ。まさかバスケットボール部のためにあえて嫌われ役まで演じてくれるとはな。目下の
者に対して本當に親身であればこその行いだ。私は阿良々木先輩のような人には會ったことが
ないぞ」
「僕もお前みたいな奴には會ったことがねえよ……」
多分、新機軸だよな……。
ここまで天然の褒め殺しキャラ……。
「そうか。阿良々木先輩からそう言っていただけるとは、光栄の至りだ。ふふ、阿良々木先輩
くらい優渥な人から褒められると、自分でも不思議なほどに発奮させられるというのだろう
か、なんだか、本來ないはずの勇気すらわいてくるようだな。今なら私は何でも出來るような
気がするぞ。これからは、何か落ち込むようなことがあったときには阿良々木先輩を訪ねるこ
とにしよう。阿良々木先輩の謦咳に接するだけで、私は何でも頑張れるに違いないのだから
な」
決して微笑みを絶やさない神原だった。
それはほとんど無防備とも取れる笑顔なのだが――しかし、芯のところにしっかりとした強
さを感じさせるところが、決して無防備ではない。自分自身に対して絶対の自信をもっている
からこその、その笑顔なのだろう。
僕とは全く違う世界の人間。
僕とは全く違う種類の人間。
いや、それはそれ自體では、わかりきっていることだし――性格雲々ではなく、スポーツ少
女、學校のスターである神原と、阿良々木暦とが違う世界の人間だということ、違う種類の人
たいまん
せんたく
ふところ
しんきじく
ゆうあく
けいがい
しん
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間だということはわかり過ぎるほどにわかりきっていることだったが、しかし、問題は、その
神原駿河が、どうして僕に聲を掛けてきたのかということだ。
聲を掛けてきただけでなく。
こうして、聲を掛け続けてくるのか――だ。
駆けてきて――駆け続けてくるのか。
神原自身の言葉ではないが、何か落ち込むことがあったから、頑張るために訪ねてきている
――のではないはずだ。僕にそんな、神通力みたいな力はない。あったら自分で惜しみなく
使っている。
三日前から數えると、一體何度目の質問になるのかもうわからなかったが、僕は、神原に質
問した。
「で、神原。今日は何の用なんだ?」
「ああ、そう……」
ここまで常にはきはきと、澱みなく応答してきた神原は、ここで初めて、言葉に迷ったよう
だった。しかしそれも一瞬、すぐに頬に微笑をたたえて、僕に言った。
「……今朝の新聞の國際麵、読んだろう? ロシアのこれからの政治情勢について、阿良々木
先輩の意見を聞きたいんだ」
「時事ネタかよ!」
しかも、よりにもよって何てセンスだ。
日本の政治についてだって、僕はよく知らないというのに、海を渡ってロシアと來たか…
…。
「ああ、インドの話の方が阿良々木先輩好みだったかな? ただ、私は殘念ながらこの通り、
體育會係、アウトドア係の人間なものでな、it関連は弱いのだ。それよりも今はロシアの抱
える問題の方が、私にとっては実際的だ」
「……今朝は新聞、読んでないんだよ」
言った本人ですら誤魔化せるとは思えないほどにあからさまな言い訳の言葉を口にする僕
だった。本當は、読むには読んだけれど、議論できるほどの嗜みがないだけなのだが……。
しかし神原はそれに対し、
「そうか」
と、ゆるやかに眼を細めるのみである。
「阿良々木先輩は多忙だからな、朝に新聞を読む暇がないのというのも無理はない。分も弁え
ずに無神経なことを言ってしまった、申し訳ない。ならば、この話は明日に迴そうと思うのだ
が、阿良々木先輩もそれでいいかな」
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ごまか
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「心が広いな。そんな簡単に許してもらえるとは思わなかった。私の淺薄な発言に阿良々木先
輩ほどの人が何も思っていないわけがないのに、そんなことはおくびにも出さず、その鷹揚な
対応。清濁併せ呑む大きな心とはこのことだ。私はまた阿良々木先輩のことが、一つ好きに
なったぞ」
「そうか、ありがとう……」
「禮には及ばない。私の正直な気持ちだ」
「…………」
けれど、こいつ、それなりに頭もいいんだよな。
スポーツができて頭がいいっていうのは、人間的にはかなりの反則だよなあ……羽川だって
戦場ヶ原だって、運動能力が低いというわけではないのだろうが、この後輩を前にしてしまえ
ば、さすがに較べるべくもないだろう。一応、戦場ヶ原は、中學生のとき、陸上部のエース
だったとはいえ、高校生になってからのブランクは大きいだろうし――戦場ヶ原が抱えていた
特殊な事情も、そこに加味すれば尚更だ。
いや、勿論。
僕だってまさか、神原が本當に、僕と、ロシアの政治情勢について議論を戦わせたいのだと
は思ってはいない――明らかに方便だろう。
一體何の用なんだと、僕が何迴訊いても、あくまでもそんな調子で、神原はまともに答えよ
うとしない。
他に何か
目的があるのだとは思う。
しかし、それが見當もつかないのである。
一體こいつはなんで、それもいきなり、こんな風に僕に付きまとうようになったのだろう。
學校のスターの神原と落ちこぼれ三年生の僕との接點なんて、一つもないはずなのに。
縁もゆかりもありはしないはずなのに。
「ところで阿良々木先輩、今日は何か変わったことはなかったか?」
「あん? 別に……普通だけど」
お前のこと以外は。
いや、そろそろお前のことにも慣れてきた。
「実力テストが近いから、それがちょっとした頭痛の種って感じかな……」
「実力テストか。ふむ、それには私も頭を痛めている。テストは、部活をやっているものには
とても迷惑なのだ。一週間前から練習が、學校側から強製的に禁止されてしまうから、自主ト
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なおさら
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